影絵
一昨年のクリスマスイブに
初老の男性がやってきた
VPシャントが入っていたが
ひどい肝硬変だった
翌クリスマスの日に
卵は子宮の中におりてきた
目は見えないまま
行方知らず足を這わせる
悪阻に耐えて
私は老人の腹水を抜きつづけた
しゃがみこむのも苦痛だった
廃液瓶の中の黄色い液体
腫れ上がった老人の腹は
ある日を境に平らになった
魂の影絵
奇跡みたいですよ と言う
腫瘍も大きくならなかった
しだいに私の胎はふくれあがった
老人のはらは平らのままで
自転車に乗ってやってくるようになった
真夏を越えた頃
私の腹は平らになった
血を流して
かわいい小さな生き物を産み出した
そのころを境に
老人は動けなくなった
急激に膨らむ腹部
抜いても抜いても減らない腹水
彼は息をひきとった
あるがままの物語
魂の影絵
すれ違い通り過ぎる奇跡